息子と共に、永遠の0。

映画『永遠の0』が大ヒットしています。(オープニング12/21-22の週末2日間の成績は、動員42万9918人)

大きな感動を呼んでいます。

日本を振り返り、日本に誇りを持てる作品です。

「第二次世界大戦の特攻パイロットを描いた映画が、世代を超えた大ヒットになるとは、日本の国論が大きく変わってきたな」と、思いつつ、私も昨年の暮れに長男を連れて観てきました。

原作を既に読んでいてストーリーは知っていても感動します。幾度となく涙がこみ上げました。

小5の息子に感想を聞くと、「今まで観た映画で一番良かった。岡田君がカッコよかった。もう一度見に行きたい」と、絶賛。帰宅してからは家内にストーリーを話し続けていました。

映画好きで好き嫌いもハッキリしている息子も感動したようです。

息子と対話する機会になりました。

冬休みに親子で観に行くのもオススメです。

幸福実現党 小島一郎

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コメント “息子と共に、永遠の0。”

  1. おさやん

    「永遠の0」・・・中3の息子がいたく原作に感激し、しきりに勧めるのでまず原作を読み、映画も見ました。やはり涙も出て、見終わった後不思議なすがすがしさも感じましたが、何か胸につかえたものがあるような、、何か不燃焼感がありました。それは何か、、3日間考えました。原作も読み返してみました。

    私の感想は、感動している方には水を差すものかもしれませんが、この本や映画のヒットの理由は、実は価値観からの逃避にあるのではないかと考えます。

    原作の中に、特攻隊の方々で天皇陛下のために、という人は一人もいない、、、といったセリフが出てきます。自分らは家族や後に来る人たちの未来、幸福のために死にに行くんだ、、といったことのようでした。

    その心を美しい、と感じて、たくさんの方が感動しておられるのだと思うのですが。。。。。

    本当にそうだったんだろうか。。といった思いがぬぐいきれないのです。

    本当に家族や未来の幸福のためにと戦ったのであるならば、今の日本の繁栄を見れば英霊の方々は、「高度経済成長期」のころにはすでに成仏していたはず。。

    しかし、彼らはまだ成仏していません。それはなぜか。色々理由はあるのだと思いますが、やはり、彼らは天皇陛下を現人神と信じて死んでいったのだと、はっきりと打ち出さなければ、本当には英霊の方々が救われることはないと思いました。信仰の下に彼らは殉じていったはずです。彼らの偉業を称え、感謝することなしに彼らが上部することはありません。

    霊的真実から見たときに、この小説、あるいは映画で、暗にほのめかされている全体主義への批判や日本神道への信仰への批判めいたものが本当に妥当かどうか、、を考えます。

    神のために殉じることは狂信的で、後に来る人々の幸福のために死んでいくことは狂信的ではなく美徳なのだ、、といったメッセージ、、とまではいかないけれども、やはり戦後民主主義の教育の中で育った私たちに受け入れやすい主張になってしまっていることは残念だと思います。何か本当に微妙なごまかしを感じます。

    そこの価値判断がないからこそ、ヒットしているのではないでしょうか?「ファイナルジャッジメント」のようなはっきりとしたメッセージのある映画を「右」と危険視する日本人には、「永遠の0」ぐらいに信仰心を曖昧にしたところが「これは思想性がないから安心ですよ~。」という感じを抱かせているのでは、、と思います。

    「忍耐の法」でも「信仰に殉じた」光の天使の方々が登場しますが、英霊の方々は名前こそ残ってはいないかもしれませんが、信仰の名の下に、尊きものに自らの命を捧げてくださったことに改めて感謝したいと思います。

    幸福の科学で正しい歴史はこうだ!という映画を作らなければならない!と単純に思ってしまいました。あの戦争の本当の意味、世界の勢力図が当時どうだったか、、等々を総合的に描いた上で、特攻隊の方々の心情を描く映画ならば、「永遠の0」ももっと納得だったな、、と深く考えながら帰途に着いたのでした。

    百田さんのブログとかあれば感想を書いてみようかと思います。

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