チベット尼僧が焼身自殺(今年9人目)の実態。

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 中国・四川(Sichuan)省アバ(Aba)県で、チベット仏教の尼僧(20歳)が17日、自らの体に火をつけて焼死しました。

「フリー・チベット」によると、この尼僧はチベットにおける信仰の自由と、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)の帰還を訴えて焼身自殺したと言います。

以下、17日付けTibet Timesチベット語版 http://p.tl/8REZ より転載します。

(転載始め)

今日(17日)現地時間午後1時頃、ンガバ・ゾン(県)マミー尼僧院མ་མའི་བཙུན་དགོན་の尼僧テンジン・ワンモབསྟན་འཛིན་དབང་མོ་が尼僧院近くの橋のたもとで、中国政府に抗議の焼身自殺を行い、その場で死亡した。

ンガバ・ゾン、チャコルマ、ニツェ家རྔ་པ་རྫོང་བྱ་སྐོར་མའི་ཉི་ཚེ་ཚང་のテンジン・ワンモ(20歳前後)はンガバ市内から3キロほど離れたところにある尼僧院近くの橋のたもとにおいて「ダライ・ラマ法王をチベットにお招きすべきだ!チベットには宗教の自由が必要だ!」と叫びを上げた後、自らの身体に火を放った。

現地からの報告によれば、彼女は火に包まれながらも、7、8分スローガンを叫びながら歩き続け、その場で息絶えたという。その際、現場には警官等も駆けつけることなく、遺体はマミー尼僧院の尼僧たちにより尼僧院に運び込まれた。その後、当局は遺体を引き渡すよう要求したが、尼僧たちはそれに従わなかった。当局は、もしも、遺体を引き渡さない場合も夜の間に地中に埋葬しろと命令した。

この事件が起きた後、軍隊と武装警官が大勢動員され、マミー尼僧院と付近の町村を封鎖した。

ンガバ市内の北西約3キロに位置するマミー尼僧院の正式名称は「マミー尼僧院デチェン・チュコル・リン༼ མ་མའི་བཙུན་དགོན་བདེ་ཆེན་ཆོས་འཁོར་གླིང ༽」。約350人の尼僧が所属するンガバで最大のゲルク派の尼僧院である。

その他、15日に焼身自殺したノルブ・ダンドゥルはンガバから他のどこかに移送されたという情報が入ったが、現在のところどこに移送されたのか、どのような容態なのかは不明であるという。

17日には再び、この焼身自殺を悲しみ、連帯を示すためにンガバのチベット人商店と飲食店はすべて戸を閉ざした。

以上の情報はダラムサラ・キルティ僧院の僧ロサン・イェシェと僧カニャック・ツェリンの報告による。

(転載終わり)

尼僧とは言え、20歳です。日本であれば、青春真っ只中。まだまだこれから人生を歩んでいく年齢です。

未来のある若者が焼身自殺を図るー。

止むに止まれぬとは言え、子供を持つ親として、胸が痛みます。

火に包まれながらスローガンを叫び、その場で息絶えるー。

デモをすれば、逮捕。何もできない。

貧困よりもさらに人間を追い詰める、「自由の抑圧」、「統制」、、、

人民警察や人民解放軍に何もかも押さえ付けられ、どうしようもない状況の中で、若者が焼身自殺するしかないのでしょう。

3月以降アバ県で焼身自殺した僧侶は今回で9人目。尼僧は初めてでした。

私たちは、自由が奪われる悲劇を忘れてはなりません。

10月14日、今年8人目の焼身自殺を図った元僧侶ノルブ・ダンドゥルの状況を紹介したい。彼らの厳しい状況が胸に迫ってきます。

(転載始め)

「チベットに自由と独立を!ダライ・ラマ法王のチベット帰還を!」とスローガンを叫んだ後、自らの身体にガソリンを掛け、火を放った。

直ちに駆けつけた警官たちが水や消化剤を掛け、彼を殴り倒した後、すぐに小さな車に乗せどこかに連れ去った。

目撃者によれば、彼は酷い火傷を負っていたが死んではいなかったという。

彼は幼少時にンガバ・キルティ僧院で僧侶となり、2010年6月まで僧侶であったが、その後還俗し両親とともに暮らしていたという。

一人の目撃者の報告を以下に記す。

「私は11時50分頃市内の大通りのそばにいた。この時街には沢山の人がいた。最初、後ろの方から『チベットには自由と独立が必要だ!ダライ・ラマ法王をチベットにお招きすべきだ!』という大きな叫び声が聞こえた。後ろを振り向くと、人が一人火に包まれていた。彼はこちらに向かって走って来ていた。これを見て私は非常な恐怖を覚えた。あっちこっちに目をやっていた時間がどのくらいであったのか、彼がいつから火を付けたのかも分らなかった。彼の頭の毛や背中の服等が燃え上がり、地面に落ちるのが見えた。髪が長いのと、青っぽいズボンを吐いているのははっきり分った。

その後、警官たち駆け寄り、最初、左右から水を掛けたが火は消えず、彼は倒れることもなく、声を上げ続け、前の方に進んだ。前から殴られても倒れなかった。消化器を持った警官が2、3人前から消化液を掛けたが倒れず、後ろから消化器でなぐってやっと倒した。火を消し終るとすぐに近くに置いてあった、箱形の小さな車に乗せ運び去った。おそらく病院に連れて行ったと思われが、病院は少し離れたところにあるので、はっきりと病院に連れて行ったかどうかは分らない。

髪が長い俗人であったことだけは確かだが、顔見知りだったかどうかは分らない。私も気が動転していたし、顔も焼けただれていたので思い出してもよく分からない。

私は彼のすぐ近くにいたが顔はよく覚えていない。警官たちが彼を倒したと同時に大勢の人たちが集まった。しかし、3、4分の内に運び去られた。警官と軍隊が大勢集まり、チベット人も多かった。警官や軍隊は鉄の棍棒や銃を手に持ち集まった人たちを追い払った。

すぐに街には大勢の警官と軍人が集結した。シェドゥンゾンカル(現場付近の地名)は閉鎖され出入りができなくなった」

(転載終わり)

これが中国に侵略されたチベットの現実です。

そして、今日のチベット、ウイグルは明日の日本と言われています。

私たちの子供たちの世代に、焼身自殺をさせるような未来を残さないためにも、一日も早く「自分の国は自分で守る毅然とした国家」になっていかなくてはなりません。

幸福実現党 小島一郎

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