再度、浜岡原発は止めてはならなかった。(視察してきました)

浜岡原発。

黒川政調会長、竜の口女性局長、中野雄太静岡県幹事長と一緒に

浜岡原発に視察に行ってまいりました。

原発館の広報担当の方が丁寧に説明してくださいました。

また、浜岡原発にはバスで学生や年配の方が見学に来ていました。突然の運転停止になってから、気になるのか、以前にもまして見学者が訪れているようです。

私が知りたかったのは、5月6日に菅首相によって突然の運転停止要請がありましたが、

安全対策はどうだったのか。停止されて当然だったのか、どうなのか。ということでした。

質問をぶつけながら、話を伺いました。

浜岡原発は元々東海地震を想定されていたため、厳しい安全基準を設けていることに加えて、今回の3・11東日本大震災を受けて、自主的に安全対策を打っていたことが分かりました。

たとえば、津波の高さの想定は8mになっています。

これは、福島原発の津波より低いじゃないか!と思うでしょうが、

過去すべての地震の津波の高さで最高が6m。そこからさらに大きな地震が来ると考えると8m。

砂丘(と言っても木が生えている)の高さは12m。

東海、東南海、南海地震が同時に起こった規模でのシミュレーションです。

さらに、4月5日の段階で、高さ12mの堤防を敷地内に建設することを決定。

非常時の電源確保(屋根の上と高台)。

写真のように、排気筒をいち早く補強。

電源ポンプを高台へ移動。

など、震災後に自主的に何重もの安全対策を行い、それを確認して、海江田万里経産相は5月4日に浜岡原発の運転再開を認可していたその翌日の、菅首相による運転停止要請でした。

マスコミによる恐怖心を煽る報道や、反原発学者による恐怖心を煽る書籍などによって、

日本中が、目に見えず、一人の命も奪っていない放射能にパニックになり、日本の電源を次々と停止していく方向へ舵を切っています。

原発よりも、石炭火力発電や自動車事故、タバコによる発癌による死亡の方が圧倒的に多い。

身近な死亡事故よりも、目に見えない遠くの放射能を信じ、怯えている姿は、

目に見えない幽霊に怯えてパニックになっている姿に似ている。

某H瀬隆氏などのパニックを煽る「原発恐怖本」に踊らされて浜岡原発を停止してはならなかった。

「原発で命を失う責任を取れるのか」と問いかけてくる人に対して、逆に私から問いかけたい。

原発の運転停止による電力不足によって景気が悪くなり、リストラや倒産で自殺する人の責任は誰が取るのか。

猛暑で大規模停電になったときに、熱中症などの健康不良で、弱い子供やお年寄りが命を落とした責任は取れるのか。

菅首相は責任を取れるのか。原発反対と安易に唱えている人が責任を取るのか。

私は単に原発を推進しているわけではありません。

日本の経済の基礎、電源の30%を支えている原発。

代替エネルギーではコスト面で厳しく、無理やり変えると、日本経済がガタガタになってしまい、

不況によって命が失われていく現実があることを直視するならば、

安全対策をしっかりと行いながらも原発は必要だと思っています。

全体感とバランスが必要です。

繰り返しになりますが、菅首相の政治パフォーマンスによって浜岡原発は止めてはならなかった。

と、強く感じた浜岡原発視察でした。

小島一郎

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