フォークランド紛争と尖閣問題

今から30年近く前に、南米のフォークランド諸島を巡って、イギリスとアルゼンチンが戦争(紛争)になりました。

そのくだりは簡単には次のようになります。

============================

1982年3月19日、フォークランド諸島沖合東約1000km東に位置するサウス・ジョージア島に、

アルゼンチン海軍の輸送艦「バイア・ブエン・スセソ」が突如来航。

その20年以上前から放棄されていた、

「捕鯨工場の解体」

と称して、アルゼンチンのクズ鉄業者を名乗る60名近いアルゼンチン人が入国手続きを一切無視して上陸しました。

平和裏な入国なため、イギリス側は入国手続きチェックしかできずに、入国を許すことになります。

上陸したアルゼンチン人たちは、

「アルゼンチン国旗の掲揚」や「国歌斉唱」

を行うなど同島に居座るような行動を取ります。

これに対し、イギリス政府はアルゼンチン政府に厳重に抗議するとともに、

氷海巡視船「エンデュアランス」に武装した海兵隊22名と軍用ヘリワスプ2機を積載して同島海域に派遣します。

するとアルゼンチン側は輸送艦「バイア・ブエン・スセソ」を引き揚げさせたものの、

数十人のアルゼンチン人を残していった挙句、

3月26日にそのアルゼンチン人同胞の警護と称し、

アルゼンチン海軍砕氷艦「バイア・パライソ」にて武装した海兵隊員約500名と物資を、

サウス・ジョージア島に送り込み、同島のリースハーバーに陣取しました。

3月30日、アルゼンチン海軍はフォークランド諸島への本格的な上陸作戦を開始。

最初の平和裏の上陸は陽動作戦で、

フォークランド諸島の制圧がアルゼンチンの目的でした。

4月1日にイギリスのサッチャー首相はアメリカの大統領ロナルド・レーガンに事態収拾への仲介を要請し、

閣議を招集して機動部隊の編成が命じられました。

国連では和平案の議論が行われたが、態度を硬化させたアルゼンチンにサッチャーは、

「我々は武力解決の道を選択する」と

決断しました。(毅然とした決断と行動です)

2か月にわたって戦いは続き、6月7日にはフォークランド諸島にイギリスの地上部隊を上陸させました。

同島最大の都市であるポート・スタンレーを包囲し、

14日にはアルゼンチン軍が正式に降伏。

戦闘は終了しました。

===========================

「アルゼンチン」→「中国」、

「イギリス」→「日本」、

「サッチャー首相」→「菅首相」(ついでに、「捕鯨工場」→「鰹節工場」)

と、書き換えて考えてみると、今の尖閣問題とよく似ていて、

中国が尖閣諸島に、平和裏に上陸してしまうということも十分あり得ます。

平和裏に上陸する分には、現段階では入国手続きしかできないという

恐ろしい状況にあります。

実際、中国はフォークランド紛争をモデルにして、

尖閣問題の作戦を立てているという話もあるくらいです。こわ~。

今の菅総理がサッチャー首相と同じように、毅然とした行動をとるとも思えません。

明日は、菅首相が沖縄に訪問予定です。

普天間基地問題でガタガタしている場合ではありません。

基地問題の早期解決。日米同盟の強化。そして、自衛隊による防衛強化が、

尖閣・沖縄には求められます。

小島一郎

コメントをどうぞ