アジア・アフリカに平和と繁栄を

本日、10月11日は愛知県体育館で、大川隆法総裁講演会でした。タイトルは「宗教の復活」

非常に感動と感銘を受けたので、私が印象に受けた感動した箇所を大まかにお伝えしたいと思います。

ノーベル平和賞を受賞した、劉暁波氏。

中国の一党独裁を止めて民主的な国家へと主張したら、11年の実刑判決となった。

NHKやCNNの中国国内のニュースは、ノーベル平和賞についての報道の箇所は「ブラックアウト」となって、何も知らされないようになっている。

日本の政界も経済界も甘かった。経済的に繁栄しても中国の本質は変わっていない。

このような情報統制する一党独裁国家、中国は、本質において北朝鮮とあまり変わらない。

自由な考え方、価値観に聴く耳を持つのが大国の条件、国としての在り方である。それを今回の劉氏のノーベル平和賞受賞によって中国は知らなければならない。

世界の今後は中国のかじ取りにかかっている。中国が民主化するか、それとも、軍事国家として100年遅れの帝国主義に走るか。

自由と民主主義、繁栄主義のために努力を惜しまない。その根本にあるものは、信教の自由。

中国人の心の中には深く、神仏への尊崇の思いが流れている。

今こそ中国は進路を変えるべき時である。地方は貧しいままに放置して、巨大な軍事費に費やしている。

かつて日本は第二次大戦で300万人の犠牲を払った。尊い未来ある日本人の命が失われた。その中で、アジアやアフリカの欧米による植民地支配はなくなり、独立していった。

これは、日本の功績である。

日本がものを言える国になること。アジア・アフリカの平和と繁栄のための日本のミッション。

今のままでは、中国の軍事拡大によって、アジア・アフリカは恐怖に怯え、未来は暗いものとなる。

このように、日本の政府を批判しても投獄されない日本はいい国である。中国だったらとっくにつかまっている。しかし、もう一段、日本は使命を果たす必要がある。

仏法真理による静かなる革命を起こしていく。

世界を平和と繁栄へ。

言論の自由の根本は、信教の自由があること。中国人にも、言論の自由とその根本の信教の自由を。

日本にも、中国にも「宗教の復活」が必要。正しいものは正しいと言い続ける。それがワールドティーチャーとしての使命である。

以上です。※内容はかなり不完全ですので、興味のある方はぜひ、お近くの支部で聞かれることをお勧めします。

私の中国人の友人が日本に来た時に、幸福実現党のセミナーにお誘いしたことがあります。

最も感動し、驚いていたことは、「千人以上の規模で集い、現職の総理大臣を大々的に批判していること」でした。しかも、警察に捕まらないことに対してさらに感動していました。

中国では50人以上の集会は禁止。共産党を公然と批判すれば、即投獄されます。いつも気をつけて生きている中国人の目には、私たちの行動は新鮮だったようです。

日本を変え、さらには中国の民主化へ。アジア・アフリカの平和と繁栄に向けて力の限り頑張ってまいります。


埼玉県春日部支部の皆さんと、御法話の後、日本の政治について語り合いました。

2 Responses to “アジア・アフリカに平和と繁栄を”

  1. LEMON

    第二次対戦で尊い未来ある日本人の命が失われ、その中でアジア・アフリカの植民地はなくなり、独立できたこと。
    これを言わないで、中国にたいして謝ってばかりの日本の政府は、あまりにも情けなさ過ぎると思います。
    中国が日本を植民地にしようとしているのがわからないのでしょうか。
    痴呆ています。
    今の民主党政権では、日本の未来はないと思います。

    小島一郎さん、あまりに忙しそうなので、お体大切になさってくださいね!!

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  2. 中国は大国の責任を果たせ│中国共産党引退幹部ら、自由化要求し公開書簡│未来のゆくえ 政治ハッカーブログ

    […] 中国共産党引退幹部ら、自由化要求し公開書簡   発起人の23人の中には、故毛沢東主席の秘書であった李鋭氏や、人民日報の元社長である胡績偉氏らの名前があるという。体制維持のための言論統制が、ここに来て限界にきたことの証拠だろうか。 インターネットなどの情報も、巧妙に検閲をしてきたが、さすがに二万人が机を並べて人力検閲では限界があるのか。7億台の携帯電話も頭が痛いだろう。 中国の憲法では、一応、言論、出版、集会、結社の自由を保障した35条があるが、まったく自由はない。このたびノーベル平和賞を授賞した劉暁波氏が投獄されていることを見ても明らかだ。中国では50人以上の集会は禁止され、中国共産党を批判すれば、即投獄される。参考:アジア・アフリカに平和と繁栄を。憲法で保証されているはずの自由は、党の細則によって、このように否定されている。 […]

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