内モンゴル自治区における文化大革命・虐殺の実態(『墓標なき草原』より)


4月21日(土)に愛知県岡崎支部で、モンゴル自由連盟党のオルホノド・ダイチン幹事長と一緒にセミナー講師をさせて頂きました。ダイチン氏は、内モンゴル自治区で起きている中国共産党による虐殺・虐待についてお話しなさいました。

日本では全くと言っていい程報道されない、中国共産党の支配下に置かれた民族の悲惨な実態は目を覆い、耳を塞ぎたくなるような内容でした。

その時にダイチンさんが手にしていた書籍が、『墓標なき草原(上) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』『墓標なき草原(下) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』でした。早速、購入して読みました。

ダイチンさんがお話ししていた通り、内モンゴル自治区の実態を明解に記している良書です。

ここでは、「はじめにー内モンゴルの文化大革命に至る道ー」を紹介します。詳しくはぜひ、本書をお求めください。

(以下、転載)

ここに一つ、隠され続けている人道に対する犯罪がある。1960年代の中国文化大革命中に行われていたモンゴル人大虐殺事件である。

当時の内モンゴル自治区の全人口は1300万人で、そのうち、モンゴル族の人口は150万人弱だった。

操作された、控えめな中国政府の公式見解によると、およそ34万6000人が「反党叛国集団」か「民族分裂主義者政党」の「内モンゴル人民革命党員」と見なされ、そのうち2万7900人が殺害された。

拷問にかけられて身体的な障害が残った者は12万人に達するとされている。ほかに5万人や10万人が殺害されたとの説がある。

たとえ中国政府の善意的な数字を信じるとしても、平均してほとんどすべてのモンゴル人の世帯から少なくとも一人が逮捕されたことになる。連座制をとる中国にあって、家族全員が虐殺運動に巻き込まれた。

まさに全モンゴル民族にもたらされた災難で、ジェノサイドだった。大量虐殺を行ったのは中国政府と中国の全人口の94%を占める漢族の人たちである。

彼らは、モンゴル人たちが過去に民族の自決を目指して戦った歴史を罪だとして、虐殺を働いたのである。

(転載終わり)

モンゴルはかつて日本の植民地だったこともあります。満州国時代です。その時に日本政府が行ったことは、教育の充実をはじめとしたインフラ整備でした。たとえば、小学校は1941年の時点で、合計349校。25,018人の生徒が学んでいました。その他に、国民高等学校や女子国民高等学校を設置し、都市部には師範学校や各種軍学校を設け、多くのモンゴル族知識層が誕生しました。

打って変わって、中国共産党の支配下に置かれてからは、迫害と虐殺が始まります。日本政府が設立した学校で教育を受けた知識層が民族自決運動の中核を担うようになっていきました。

文化大革命では、モンゴル人は人として扱われません。中国共産党が人権を全く無視して虐殺していく記録は悲惨を極めています。

モンゴル族はモンゴル国と内モンゴル自治区の二つに分けられ、内モンゴル自治区のモンゴル族は祖国を失いました。言葉は中国語を強制され、民族としての大切な文化やつながりを失いつつあります。

モンゴル、チベット、ウイグルの方々は中国に侵略され、虐殺され、情報統制によって封じ込められています。

そんなことがまかり通ってはなりません。私はモンゴル、ウイグル、チベットの真の解放、独立を支持します。

そして、50年以上前から中国は日本を植民地化するために、綿密な戦略のもとに着々と手を打っていることもまた事実です。

内モンゴル自治区、チベット自治区、ウイグル自治区で起きている惨劇は対岸の火事ではなく、起こり得る日本の未来かもしれないと、肝に命じ、絶対に日本を植民地にはさせないと、決意を新たにしました。

今こそ、国防です。

そして、そんな近未来を予言的に描いている映画『ファイナル・ジャッジメント』を観て日本国を守る仲間になって頂きたいと、願うばかりです。

幸福実現党 小島一郎

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(モンゴル自由連盟党オルホノド・ダイチン幹事長と共に)

コメント “内モンゴル自治区における文化大革命・虐殺の実態(『墓標なき草原』より)”

  1. 中国は内モンゴルで何をしたか。 | 小島一郎 official web site 幸福実現党

    […] 4月23日のブログで、内モンゴル自治区が文化大革命で受けた虐殺の悲劇について書かれた書籍『墓標なき草原(上) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』、『墓標なき草原(下) 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』を紹介しました。 […]

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